凍結ジャック・ニコルソン

某スタートアップ企業で鬱病罹患し事実上クビになり憎悪憤怒憂鬱に塗れ表現創造で解脱目指す

妖艶なウェディングプランナーに心を奪われる

※映画『愛なのに』のネタバレを含みます。

 

僕は2022年2月26日にある映画を見た。そして、壊れた。

 

それは歪な愛に関する映画だった。主人公は高校生に求愛され、学生時代に想いを抱いていた、結婚を間近に控えた女性にセックスだけしてほしいと頼まれ、戸惑う。いろんな愛の形がある。肯定も否定もしない。でも存在は認める。そんな映画だった。

 

ウェディングプランナーの女性が登場する。結婚式の計画を進めている男女二人組に、プランやウェディングドレスを提案している。生産ラインみたいにずらっと並ぶ沢山のウェディングドレス。新婦が頭を抱えて何度も試着する。新郎はドレス姿を見て、「いいね」と当たり障りない、熱が籠もっていない言葉で褒めている。ライン、装飾布、柄、色味、素材、気が遠くなりそうな数。ウェディングプランナーは新婦の想いに真摯に耳を傾け丁寧に提案する。新婦がどれだけ時間をかけて選んでいても、疲れ一つ表情にでていない。埃一つない整ったスーツ、知性を映し出す銀縁の眼鏡、プロフェッショナルさと溌剌さが見えるポニーテール、ハープを演奏するような丹精で繊細な身振り手振り、美しさと品性を持って新婦に接している。

 

ウェディングプランナーは新郎とセックスをしていた。浮気していた。愛の契を交わそうとしている男女の、新郎の身体を熱情的に求めていた。新郎の身体の上に乗り、唇を重ね合いながら、腰を動かしていた。瞼には力が入っていない。快楽に溺れながら苦しそうに息を試みて音が漏れ出ている。

 

僕は混乱した。ウェディングプランナーの魅惑的な姿に、凄まじい引力を感じた。僕自身もどういう感情かわからなかった。嫉妬なのかもしれない。劣等感なのかもしれない。欲情なのかもしれない。ただただ混乱して、心臓が熱く震えていた。

 

結婚を間近に控える新郎新婦の挙式を担当しながら、ウェディングプランナーはその新郎と密会をしていた。一度だけじゃない、何度も会ってセックスをしている。日常では熱心な眼差しでカップルに丁寧に接している、美しい女性。新婦には嘘偽りない堅実で真摯に対応をしている。新婦には真摯に向き合いながら、非日常では、新婦の結婚相手とセックスをしている。

 

世間一般では「不倫」「浮気」というもので、もしかしたら「ひどい人間」と形容されてしまうかもしれない。でも僕は凄まじい魅力を感じた。その行為を含めて美しいと感じた。恋に近いものがあった。心を掴まれた。

 

社会通念上は不道徳と描写されそうな状況に身を置きながら、美しく余裕があった。自由だった。ウェディングドレスを新郎新婦に提案しているときも、人を見下すような素振りは全く無かった。そのときは嘘偽りなく真摯に丁寧に品性を持って対峙していたのだと思う。でも裏では素直に原始的な欲求を求めていた。「幸せの直前、結婚式の重みや計画で疲労が溜まっている人を解放してあげている」というようなことを言っていた。もしかしたら背徳感に快感を覚えていたのかもしれない。何より、自由だった。素直だった。

 

新郎が「バレそうになっているからもうこの関係を止めよう」と提案したとき、明るく軽く「いいよ」と答えた。「砂糖とって」と言われて返答するみたいに、飄々としていた。執着がなかった。何度もホテルで新郎とお互いの裸を求め合ったのに、何の後腐れもなさそうだった。その関係にはあまり重量を持たないみたいだったように、「いいよ」と答えた。

 

そう、そういう芯がある姿、余裕があって心が自由で欲求に素直な姿、それに引き込まれた。浮気関係に身を置いていない彼女だったら、もしかしたらここまでの魅力を感じていなかったかもしれない。”不真面目”な文脈に身を置きながら、表の世界では品性と知性を持って仕事をしながら、それでも自由な彼女に心を掴まれたのかもしれない。

 

セックスのときには銀縁の眼鏡をかけていなかった。髪も結んでいなかった。生まれたままの姿。セックスが終わったら下着、キャミソールだけを身に着けていた。妖艶だった。セックスの映像が目に入りながら、新婦に丁寧に接するスーツ姿の美しい彼女を思い出す。その、真面目で不真面目で、真摯で自由で、そんな彼女に心を惹かれてしまった。

 

この映画を見たときに「セックスをしたい」と思った。前の彼女と別れてから三年くらいずっと一人だった。セックスもしていなかった。風俗は行ったが、「セックスをしたい」と強烈に感じたことはなかった。でも映画を見て、僕は壊れた。

 

映画を見たあと、数週間心臓を縦に横に大きく振られているようだった。嫉妬、劣等感、欲情、恋、自己否定、空虚、不安、羨望、自身欠如、色んな感情がドロドロと混ざっていた。醜い色の絵の具が数色パレットの上で混ざるように。どうしていいかわからなかった。恋に近かったのかもしれない。感情の置き場に困った。死にたいと思った。彼女のことで頭がいっぱいだった。

 

映画を見てから半年ほど経った。今でのあの映像を思い出す。新婦に丁寧に接している知的で美しい姿と新婦を本能的に求めセックスをしている魅惑的な姿。忘れたい気もするが、忘れたくもない。たぶん忘れられないだろう。もしかしたら僕が求める女性にはそのウェディングプランナーの影があるかもしれない。世間的には”不道徳”であっても、自由で身が軽くて飄々としていて、欲求に素直だった。

 

そんな女性と出会えるといいな。出会えるかな。